Enola Holmes vs Sherlock Holmes


サー・アーサー・コナンドイルのシャーロック・ホームズの小説の著作権は、日本では保護期間が切れてパブリックドメインになっているようです。ただし和訳版は残っていると思いますので、注意してください。

日本と保護期間が異なるアメリカでは、事情が違うようです。

1887年から1927年に創作された60作品のうち50作品は著作権の保護期間が切れているようですが、第一次世界大戦後に創作された10作品は2018〜2022年まで残っているようです。

アメリカの小説家Nancy Springer氏は、2006〜2010年の間に、シャーロック・ホームズの妹エノーラ・ホームズを主人公にした「エノーラ・ホームズの事件簿」シリーズ6作品を創作しました。

コナンドイルの小説には、エノーラ・ホームズは登場していません。
そういえば、ベネディクト・カンバーバッチ主演の「SHERLOCK」(BBC制作)では、ユーラスという妹が登場していました。

いずれにしても、エノーラ・ホームズは、Springer氏の創作の賜物です。そして、2020年9月に、Ntflixがこの小説を原作としたオリジナル作品「Enola Holmes」を配信することとなりました。

これを契機に、コナンドイル財団は、Springer氏やNetflixその他映画制作に関与したLegendary Pictures、脚本家、監督等を相手に著作権侵害・商標権侵害訴訟を提起しました。

小説のリリース段階で訴えを提起せず、Netflixでの配信のタイミングに合わせて提訴した感じです。

訴状しかみていないので、小説家等の反論は分かりませんが、普通に考えれば、パブリックドメインとなった小説のシャーロック・ホームズを使用しており、著作権を侵害していないことやフェアユースであるという主張になるように思います。

コナンドイル財団は、著作権が残っている10作品には、第1次世界大戦前に書かれた50作品とは異なり、シャーロック・ホームズの性格に新たな要素が付加されており、そこが著作権で保護されている、という主張をしています。

具体的には、戦前50作品のシャーロック・ホームズは、冷徹で、女性を嫌っていて人間味のないが、とても切れる人物として描かれていました。

コナンドイルは、戦争で兄弟亡くした経験を経て、シャーロック・ホームズに人間味を持たせるという大きな決断をし、暖かみがあり、友好的で、女性を尊敬する人物として描いたとのことです(ワトソン君を単なる道具として扱わなくなったとも主張しています)。

著作権で保護されている10作品は、こうした新たな性格のシャーロック・ホームズが描かれているとし、エノーラ・ホームズで描かれるシャーロック・ホームズもこうした人間味のある人物像として描かれている、ということで、著作権侵害という主張をコナンドイル財団はしています。

日本のキャラクター著作権判例を前提に考えると、そもそも、抽象的なキャラクターそれ自体は著作権の保護の対象とはなりません。
具体的に表現されたキャラクターを保護するというのが大前提です。

シャーロック・ホームズは、絵ではなく、言語で表現されたキャラクターですので、コナンドイル財団が指摘する新たな性格というのも言語で表現されていることとなります。

コナンドイル財団は、新たな性格の表現として、著作権で保護されている10作品の一節を引用します。

“You’re not hurt, Watson? For God’s sake, say that you are not hurt!”

It was worth a wound—it was worth many wounds—to know the depth of loyalty and love which lay behind that cold mask. The clear, hard eyes were dimmed for a moment, and the firm lips were shaking. For the one and only time I caught a glimpse of a great heart as well as a great brain. All my years of humble but single-minded service culminated in that moment of revelation.

そして、Springer作品が、新たな性格を使用した例として同作品の一節を引用します。

“But . . . John would not have left . . .” Mrs. Watson’s quiet voice struggled against tears.

“Exactly.” My brother’s voice also repressed strong emotion—my heart swelled when I heard such controlled anguish in his words. “No doctor, least of all Watson, would ever willingly be separated from his black bag.”

シャーロック・ホームズの人間味というのはアイデアレベルの話で、それを具体的に小説で表現するとなると、話の文脈等で様々になります。

コナンドイル財団が主張する著作権で保護される新たな性格というのは、抽象的なキャラクターにほかならないように思います。
日本の裁判例を前提にすれば、それは著作権では保護されない、という結論になろうかと思います。

絵で表現されるキャラクターと異なり、言語で表現されるキャラクターの保護範囲は狭くなると思います。

もっとも、アメリカの裁判例ですが、J.D.サリンジャーが、”The Catcher In The Rye”(ライ麦畑でつかまえて)の60年後を描いた続編”60 years later: Coming through the Rye”の著者や出版社を著作権侵害等で提訴した事案で、続編に描かれた”Mr. C”の表現について、次の点から両キャラクターは実質的に類似しているとしたものがあります。【Salinger v. Colting, 607 F.3d 68 (2d Cir. 2010)】

  • Mr.Cが原作の主人公Holden Caulfieldのように語り、Holdenに起きた出来事が参照され、Holdenの著名な奇行がシェアされていること
  • Mr.Cの冒険はHoldenの冒険 −施設を去り、ニューヨークを数日徘徊し、古い友達と再会し、フィビーとの幸せを見つけ、最終的に施設に戻る−に類似している。

この事案も、小説の続編を原作者に無断で作ることができるかという興味深い問題を提起しています。

 

Enola Holmes事件で商標権の侵害については、コナンドイル財団は、Enola Holmesの著者や製作者側が、小説や映画にHolmesを使用していることで誤認混同が生じるとして問題としています。

日本法で考えた場合、小説や映画のタイトルは、著作物である作品の内容を示すものであり、その小説や映画の出所を表示するものではない(商標的使用ではない)として、商標権侵害や不正競争行為には該当しないという判断になるように思います。

 

言語のキャラクターとしてシャーロック・ホームズは、興味深い著作権の問題提起していましたが、あと1年ちょっとでそれもなくなるのですね。

最初のミッキーマウスの著作権の保護期間は、アメリカでは2024年1月1日で切れるようですが、来年末までに著作権侵害をさらに延長する法律ができれば、シャーロック・ホームズも生きながらえそうですが、どうなるのでしょうか。

弁護士大橋卓生