“Fairness in Women’s Sports Act”は公正か?


チップスターでおなじみのアイダホ州ですが、この度、男性から女性に性転換したトランスジェンダーアスリートが、女性スポーツに参加することを禁止する法律”Fairness in Women’s Sports Act“を制定しました。全米初のようです。

どんな法律?

法律の半分くらいは、立法事実と目的で占められています。

要は、生物学的な男女間の差異があること(特に男性ホルモンといわれる筋肉や骨格を発達させるテストステロンの量)から、男性から女性にトランスした学生アスリートを、女子スポーツで競わせることは公正でないとして、男性からトランスした女性アスリートを、女子スポーツで競技させないことにしたようです。

規制内容は単純で、まず、アイダホ州下の教育機関に関するスポーツチーム等は、男性(Males, men, boys)・女性(Females, wowan, girls)、男女混合(Coed, Mixed)のいずれの生物学的な性別に基づくチームであるかを明確にします。

そのうえで、女性のためのスポーツチームと指定したものは、男性の学生を受け入れてはならない、としています。

性別に争いがある場合は、一定事項(内部的及び外部的な生殖の解剖学的構造、正常に体内で生成されるテストステロンのレベル、遺伝子構成)を医師に証明してもらうことになります。

これを見ると、性別を生殖器・テストステロン値・遺伝子(おそらくXXやXYの染色体情報)で判断する、ということかと思います。

この法律違反により損害を被った学生は、学校等に対し、違反行為の差止や損害賠償等を請求できることになっています。

違反を通報した学生が学校等から報復を受けた場合にも、学校等に対し、違反行為の差止や損害賠償等を請求できることになっています。

法律のタイトルがFairness in Women’s Sports Actとあったので、どんなものかと見てみてら、上記のような内容だったので、これ大丈夫かな?と思っていたところ、案の定、違憲だという批判が出ているようです。

アスリートの性別問題といえば、CASで、世国際陸上競技連盟(IAAF; 現World Athletics)とインドのデュティ・チャンド選手や南アのキャスター・セメンヤ選手が性別判定規則のあり方をめぐる数年に渡る大論争が一顧だにされていません。

IAAF性別判定規則問題

陸上競技に限らず、スポーツは男女別で競技することが多く、アスリートが男性か女性かを特定することになります

性別確認検査に関する論文( Le Test de feminité dans les compétitions sportives:une histoireclasseée X(Anaïs Bohuon,2012)
によれば・・・

オリンピックにおける性別に関する最初の疑惑は1936年のベルリン大会の女子100mで生じ、視認により女性確認テストが実施された

  • 1966年のヨーロッパ陸上競技選手権において実施された女性確認テストは、選手が裸で3人の産科医の前で筋力・肺活量を測定し診察を受けた。このテストは’66年イギリス大会、’67年パンアメリカ大会でも実施された。
  • 上記テストには苦情が多かったため、IAAFとIOCは、女性の染色体がXXである点に着目し、頬の内側の皮膚に関する染色体検査を実施し、1968年からこの検査を義務化した(身体や精神への侵襲が少ないことから、この検査が定着した模様)。
  • その後、染色体検査は絶対的なものではないという指摘がなされ間性の存在が議論されることとなった。
  • 1991年にIOCは、PCR/SRYテストというY染色体の有無を判定する性別決定を採用し、1992年以降のアルベールビル五輪、リレハンメル五輪、アトランタ五輪、長野五輪で実施した。
  • こうした染色体検査の義務付はプライバシー暴くことになるなどの批判が高まり、2000年のシドニー五輪以降、女性アスリート全員を対象とした性別確認検査は実施しないこととなった(一部の競技者に対しては検査が実施された)

その後は、デュティ・チャンド選手、キャスター・セメンヤ選手のCAS事案で把握できます。

2011年以降は、性別に疑念がもたれる女性アスリートに対して高アンドロゲン症検査が実施されるようになった。これは体内で生成されるテストステロンの上限(10n mol/L)以上の選手は女子競技に出場できないとするものであった。

デュティ・チャンド選手は、テストステロンが上限値を超えるとして、IAAFから大会への出場停止とされたことから、2014年に当該ルールの無効を求めてCASに提訴しました。

CASパネルは、2015年に中間裁定を下し、IAAFの高アンドロゲン症検査に関する規則を2年間執行停止する(チャンド選手は大会出場可)と判断しました(CAS 2014/A/3759)。

CASパネルは、テストステロンは思春期の男性に除脂肪体重を増加させる主原因であること、このことは男性アスリートに運動上の有利を与えていると認定したものの、テストステロンの上限値を10n mol/Lとした点が十分証明できていないとし、今後2年間で証拠を提出する機会を与える旨を決定しました。

2018年3月に、IAAFは、高アンドロゲン症検査に関する規則を廃止し、その代わりに2018年11月から、性分化疾患(Differences of Sex Development;DSD)に関する検査で女性アスリートか否かを判定する方法を実施しました。この検査は、46 XY性分化疾患を持つアスリートを対象に、当該対象者が国際大会における女子400m,800m,1500mを含む8つの種目の参加資格を判定するために用いられました。

女子400m,800m,1500mはキャスター・セメンヤ選手が出場する種目です。このため、キャスター・セメンヤ選手は、この規則の無効を求めてCASに提訴しました(CAS 2018/O/5794)。

このDSD検査に関する規則は、46 XY性分化疾患を持つアスリートを対象に、そのテストステロンが男性の範疇に入るかどうかを判定するもののようです。

性分化疾患については、「教える前に知っておきたい DSD性分化疾患の基礎知識」に分かりやすく解説されています。

IAAFの定めたDSD検査によれば、5n mol/Lを超える自然のテストステロンのレベルを有し、重要なアンドロゲン効果を経験した(思春期のアンドロゲンの大量分泌のことと思われます)46 XY性分化疾患を有するアスリートに対して、自然のテストステロンのレベルを女性の範囲のテストステロンレベル(5m mol/L以下など)に減少さえ、その数値を少なくとも6か月維持することが、女子400mなど特定の種目への参加条件となっています。

CASパネルは、この規則が、女性アスリートのみに適用されること、かつ特定の生物学的な特徴を有する女性アスリートのみに適用されることから、満場一致で差別的な扱いである、としつつも、必要性・相当性を検討のうえ、多数決により、必要があり、合理かつ相当な区別である、としました。

必要性について、パネルの多数意見は、次のIAAFの主張に賛同しています。

  • 競技者を男女別にする目的は、法的に女性の性を持つアスリートを法的に男性の性を持つアスリートと戦わせることから保護することではなく、また、女性と自認するアスリートを男性と自認するアスリートを戦わせることから保護することでもない。
  • 思春期を経て特定の方法で身体が発達した個人を、思春期を経て異なる方法で身体が発達したため、2つのグループ間で公正な競技ができない重大なパフォーマンスの有利性を生み出す特定の身体的特徴を有する個人と戦わせることから保護することにある。
  • ほとんどの場合、前者のグループはグループは法的に女性であり、女性と認識する個人で構成され、後者のグループは法的に男性であり、男性と認識する個人で構成されるが、すべてがそうではない。自然な人間の生態は、法的地位及び性同一性で完全に分けられるものではない。

両当事者の前提として、エリートスポーツにおける男女間のパフォーマンスに重大な差異があること、及び一般的な女性の血清テストステロンは、卵巣及び副腎で生成され、0.06〜1.68n mol/Lであるのに対し、一般的な男性の血清テストステロンは、睾丸で生成され、7.7〜29.4n mol/lであるこことが確認され、これにより、パネルは、スポーツにおける男女間のパフォーマンスの性差の主要因は、内在的なテストステロンであると認定しました。

そして、IAAFは、スポーツのパフォーマンスは、多くの異なる要因(トレーニング、コーチング、栄養、メディカルサポート、)が寄与し、これら男女間で共通するが、男性のみが利用できる唯一の要因が、成人男性のテストステロンレベルであるとし、専門家の鑑定意見も踏まえて、こうしたテストの必要性があることを認定しました。

合理性・相当性について、パネルの多数意見は、アスリートに外科的処置を求めていないこと、該当するアスリートが従来からある経口避妊薬の使用でテストステロンレベルをコントロールできることから、これらを認定しています。

CASパネルは、IAAFのDSD規則を適法として、セメンヤ選手の申立を棄却しましたが、当該規則の今後の運用について大きな懸念を示しています。例えば、テストステロンレベルを5n mol/L以下に維持することの難しさなど。

“Fairness in Women’s Sports Act”は公正か?

こうしたCASでの大論争を踏まえて、アイダホの立法を見ると、ずいぶんと簡単にMtFアスリートを女性スポーツから排除しているように見えます。

CASでの論争を踏まえると、思春期を経験しているか否かが重要なポイントとなるように思われますが、アイダホ州法では、そうした考慮がなされていません。

また、CASではエリートスポーツにおける論争ですが、学校スポーツとして考えた場合、こうした取扱いが妥当か、という点についても考慮されていないように思います。

おそらくは、この立法を巡る違憲訴訟がなされるように思われます。

International Meeting on Transgender Eligibility in Competitive Sports

2019年10月、IAAFが中心となって多数のスポーツの国際連盟間で、トランスジェンダーアスリートがエリート女性スポーツに参加するためのルールに関し、大要、次の点についてコンセンサスが確立されました。

  • 女性アスリートのため公正かつ平等な機会を遵守し続けること。
  • 性の同一性によりトランスアスリートを適応させるルールはスポーツ固有のものであり、関連する国際競技連盟によって立案されるべきこと。
  • 資格基準は、最良の証拠に合致するものであり、最新の科学知識によってアップデートされるものであること。
  • テストステロンがパフォーマンスの際にとって唯一の身体的根拠ではないが、血清テストステロンはスポーツにおいて男性と女性を区別するための許容可能なプロキシであることが判明していること。
  • 国際競技連盟が血清テストステロン値を使用する場合、トランス女性の資格に関する規則は、5n mol/L以下の閾値を採用すべきこと。
  • 国際競技連盟が血清テストステロン値を使用する場合、トランス女性の資格を認定する前に、医学的な観察を受けること(5n mol/L以下に低下させた血清テストステロン値を数か月維持する)。その期間は現在の科学的知見では少なくとも12か月が合理的であるが、競技やイベントごとに検討すべき。
  • この問題についてはより多くの調査が必要であり、スポーツ団体が促進すべきこと。

この議論を見ていても、アイダホ州の立法は、ばっさりやりすぎていると思う次第です。

馬術のように身体の大きさや筋量の多さの影響が少ない競技は男女別のカテゴリーは存在しないものもあります。カーリングなんかも男女別ではなくてもよいように思います。

競馬で牡馬のクラシックに牝馬が出場するように、男性競技をオープン化することも考えられます。

CASパネルも指摘していましたが、性別の問題は、科学・倫理・法が複合した問題であり、軽々に判断することが難しように思います。

そういえば、年末の紅白歌合戦も男女別ですが、その分け方にも違和感の声が高まっていますね。

弁護士大橋卓生