アスリートとスポンサーとRULE40


トップアスリートあるいはそこを目指すアスリートはお金がかかります。世界で戦うために、世界の大会を転戦したり、トップレベルのコーチに師事したりなどなど。

多くのトップアスリートは、個人的にスポンサーを獲得し、スポンサーから活動資金や用具等の提供を受けています。

そうしたトップアスリートがオリンピックに出場できた場合、アスリートにとってはスポンサーに対する最高の恩返し場であり、スポンサーからすれば、オリンピックの舞台で支援するアスリートと共に自社のブランドが登場することを期待するのが当然のことと思います。

しかし、そこにはオリンピック憲章40付属細則3(”Rule40″)の壁があり、オリンピック前後を含む一定期間、非公式スポンサーが支援しているアスリートを使用した広告宣伝が原則として禁止されていたのです。

もし、この禁止に違反した場合、最悪、アスリートが参加資格を失い、獲得したメダルが剥奪されるという厳しい制裁が課されるおそれがあります。

オリンピック期間中に自社のブランドが支援しているアスリートと共に露出できないとすると、アスリートもスポンサーも一番価値のある見せ場を享受できないことになります。

Rule40の歴史をたどれば長いので省略しますが、Rule40として登場したのが2011年の憲章からになり、2019年に改正されるまで、次のように定められていました。

Except as permitted by the IOC Executive Board, no competitor, team official or other team personnel who participates in the Olympic Games may allow his person, name, picture or sports performances to be used for advertising purposes during the Olympic Games.

IOC理事会の許可を得た場合を除いて、オリンピック期間中、オリンピックに参加するアスリート等が宣伝目的で自己の氏名や肖像等を使用を許諾してはならない、というものです。

この規則が適用される期間は、東京オリンピックでは、選手村開村日の2020年7月14日から閉会式の2日後2020年8月11日となっています。この期間を凍結期間(Frozen Period)とかブラックアウト期間(Blackout Period)といいます。

RULE40のような規制は、歴史的にはアマチュアリズム維持のために導入されたようですが、アマチュアリズムが削除されている現在、RULE40はアンブッシュ・マーケティングを規制し、オリンピックの公式スポンサーの権利保護を目的とするものとなっています。

’08年北京大会、’12年ロンドン大会では、このRULE40に基づき、オリンピック期間中に、アスリートがブログやSNSで自身の競技結果とともにスポンサー(非公式スポンサー)に言及することを規制するなど厳しいものとなっていました。

ロンドン大会のガイドラインを見るとツィートするのもいろいろ縛りがあって結構めんどうくさそうです。例えば、競技後に撮影した自分の写真をツィートしたところ、非公式スポンサーのシューズが映っていた場合、宣伝目的のツィートととして処分される可能性があります。

ロンド大会中に、アメリカの陸上Sanya Richard=Ross選手(アテネ・北京・ロンドンで金)が#WeDemandChangeというRULE40の改定を求める運動を開始しました。
#Me Too運動を思い起こしますね。

こうした運動もあって、IOCはリオ大会の前年2015年にRULE40を緩和しました。

凍結期間中でも、アスリートの氏名・肖像等を使用したオリンピックと関係しない一般的な広告を許可することとしました。

一般的な広告とは、IOCが2019年6月26日に公表したRULE40に関するアスリートの肖像の広告利用に関する原則によれば、大会等とマーケティング活動との唯一の関係が参加者の肖像を用いたもので、大会の90日前に市場に流れており、かつ継続して実施され、大会期間中に増加しないもの、というように定義されています。
まどろっこしい定義ですが、趣旨としては、非公式スポンサーの広告は、オリンピックとつながりがないものとしなければならない、ということです。

この許可については、各国のオリンピック委員会に委ねられることになりましたので、国よって様々な手続が生じることとなりました。

そこで、ドイツの話になります。

リオ大会終了後、ドイツのオリンピック委員会であるDeutscher Olympischer Sportbund(DOSB)が策定したRULE40に関する2016年のガイドラインを巡ってアスリートドイツというアスリートの団体やドイツスポーツ用品産業の業界団体、オリンピアン2名がドイツの連邦カルテル庁(Bundeskartellamt)に対し、EU・ドイツ法の競争法違反ではないかとの不服を申し立てました。

具体的には、次のとおり。

  • Treaty on the Functioning of the European Union(TFEU。EU機能条約)102条及びドイツ競争制限禁止法(GWB。ドイツの独占禁止法)19条違反
    →市場支配的地位の濫用
  • TFEU101条及びGWB1条違反
    →競争制限的協定の禁止

GWBにTFEU101,102条違反について、連邦カルテル庁は、事業者が競争上の懸念を排除するために適切な義務を受け入れることを確約した場合、当該確約が、事業者を拘束するものとする決定ができます(GWB32b)。

上記当事者はこの手続を用いたようです。この手続の前提として、連邦カルテル庁によるTFEU101,102違反の予備的評価がなされることになり、RULE40に基づくDOSBのRULE40に関する2016年ガイドラインが審査されることになりました。

結論として連邦カルテル庁の予備的評価では、TFEU120条・GWB19条違反が認められ、それを修正したガイドラインが策定され、2026年まで有効なものとして確立されました。

連邦カルテル庁は、検討対象市場をオリンピック競技大会の組織及びマーケティング市場”the market for the organisation and marketing of the Olympic Games”と認定しました。組織市場は、ルールの策定、競技会場や日程の選定、競技者登録、審判や技術スタッフとの契約などで構成され、マーケティング市場は、チケット販売や放映権・スポンサーシップなどの市場で構成されるとしています。地理的には全世界です。

IOCやDOSBは、国際スポーツ大会の市場はもっと広く、FIFA WORLD CUP、UEFA CHAMPIONS LEAGUE、F1、TUOR DE FRANCE、GRAND SLAMなどなども含まれると主張しましたが、総合競技大会であるオリンピックとは代替性がない(ごく一部に代替性は認めましたが)としています。

それで、オリンピック競技大会の組織及びマーケティング市場で支配的地位にある者は、オリンピック・ムーブメントのメンバー(IOC、DOSB含む各国オリンピック委員会、大会組織員会、各競技の世界連盟)の共同体であるとしました。

IOC・DOSBのRULE40ガイドラインの次のような制限が支配的地位の濫用にあたるとしました。

  • 事前許諾制度
    凍結期間中、アスリートが自己の非公式スポンサーのために自己の氏名・肖像等を使用した広告やSNS活動について、2016年4月6日まで(リオ大会開会式は7月27日)に申請し許諾を得なければならないとしていました。
    しかしながら、DOSBは4月6日にリオ大会参加選手をノミネートしておらず、参加が不確定な時点で広告等を準備せよというのは中小のスポンサーは対応できないよね、という感じです。
  • 3か月継続使用要件
    凍結期間中に使用を許諾される広告等の条件として、凍結期間が始まるまでに少なくとも3か月継続使用していることを条件としていました。
    そうすると、遅くとも4月27日までに使用を開始していなければならなくなるけれど、DOSBはまだ参加選手のノミネートしていないから、やっぱり対応できないよね、という感じ。
  • 使用できる言葉の制約
    オリンピックシンボルやエンブレムその他商標登録されているものは除くとしても、一般的言葉である次のようなな単語について、知財でも保護されていないのに、何で使用を制限されなければならいのか、と。
    Summer, Winter, Games, Medal, Gold, Silver, Bronze,Performanceなど
  • 競技会場内での写真の使用禁止
    非公式スポンサーの広告で、競技会場や選手村で撮影した写真やビデオの使用は認めらていませんでした。宣伝素材が著しく限定される、という趣旨でしょう。
  • SNSの使用制限
    SNSは、一般的に、現況や競技の結果に言及し、あるいは他人からのレスポンスでそのようなメッセージがされため、非公式スポンサーの広告にSNSを使用した場合、競技の結果等を宣伝目的で使用したとしてRULE40違反になるおそれが高く、ほとんど使用できなくなっていました。また、SNSの投稿は3か月継続使用要件も満たしません。
  • 重い制裁と費用のかかるCAS利用の強制
    RULE40は、DOSBやIOCから資格停止や除名、メダル剥奪などペナルティーや損害賠償などかなり広汎な制裁で強制されるし、制裁に対する不服申立には、ドイツの司法裁判所よりも費用が高いCASしか利用できないことを指摘しています。

それで、連邦カルテル庁が中心になって当事者と協議し、次のように修正されました。なお、非公式スポンサーの広告は、オリンピックとつながりがないものとすることは前提です。

  • 事前許諾制度廃止
    DOSBによる事前の許諾は必要でなくなりました。
    ガイドラインの要件に合致しているか不安がある場合は、事前にDOSBの判断を求めることは可能になっています。
  • 3か月継続使用要件の廃止
    アスリートや非公式スポンサーは凍結期間中に新たな広告を作って流すことが可能になりました。
  • 使用できる言葉の制約の緩和
    Summer Games, Winter  Games, Medal, Gold, Silver, Bronze,Performanceなどの一般的な用語は使用してOKとなりました。
  • 競技会場内での写真使用禁止の緩和
    競技会場内で撮影した写真(写真エージェーンシーから購入してもOK)はオリンピックのシンボルやロゴなどが映っていなければ、非公式スポンサーの広告に使用してもOKとなるなど。
    →競技中の写真が非公式スポンサーの広告に使えるようになるのは五輪マークとかなくても結構なメリットに思います。
  • SNS使用の制約の緩和
    例外要件(成績のことに触れないなど)を満たせば、競技会場で撮影した写真やビデオをSNSで使用できます。
    同様に制約はあるものの、個人の経験や感想を一人称でSNSに投稿する際に、自己の非公式スポンサーへのあいさつや感謝のメッセージや広告メッセージを含む投稿が可能になりました。
    さらに、制約はあるものの、代表選手(チームドイツのメンバー)は、IOCや組織委員会、DOSB、チームドイツのSNS上の投稿に、自己の非公式スポンサーへのあいさつや感謝のメッセージつけてリツーイトやリポストすることが可能となりました。
    →SNSで個人的に成績をつぶやくことはできませんでしたが、公式情報をリツーイトでそれが可能になる感じです。
  • 制裁の緩和
    資格停止や除名、メダル剥奪などの制裁はなくなり、経済的ない制裁だけが課されることとなりました。
    そして、RULE40に関する紛争は、ドイツの司法裁判所に提訴することが可能となりました。

この決定は、あくまでドイツに限定して適用されるものですが、2019年6月のオリンピック憲章改正で、RULE40は次のようになりました

Competitors, team officials and other team personnel who participate in the Olympic Games may allow their person, name, picture or sports performances to be used for advertising purposes during the Olympic Games in accordance with the principles determined by the IOC Executive Board.

原則禁止だったものが、原則OKとなりました。
ただし、IOC理事会が定めた原則に従うことが条件となります。

そこで、IOC理事会が定めが原則が厳しいものであれば、たいした意味はありませんので、どのような原則を定めたかが重要です。

先に紹介したIOCが2019年6月26日に公表したRULE40に関するアスリートの肖像の広告利用に関する原則をざっとみると・・・

一般的な広告の定義は、先に紹介したとおりですので、ドイツの連邦カルテル庁が問題視した継続使用要件は維持されているようですね。
事前許諾ではなくなったようですが、事前通知は必要になっています。遅くとも5月15日まにで、一般的な広告のプランを関係するオリンピック委員会等に通知しなければならないことになっています。
ドイツで問題になった関連用語としてメダルや金、銀、銅などの言葉は明示的に使用規制されていませんが、包括的な禁止条項があります。

具体的な取扱いは、各国のオリンピック委員会が行うことになっています。ドイツのほか、日本、米国、英国、オーストラリアを見ていますが、いろいろですね。

あと、この連邦カルテル庁の決定では、ボスマン判決と並ぶEUで重要なスポーツ判例といわれているMeca-Medina判決を引用し、その適用について検討しています。

Meca-Medina判決は、ドーピング違反(競技会検査で陽性となり4年の資格停止)となった選手らが、EU裁判所に、アンチ・ドーピング規程をEU競争法違反として争った事件で、結果としては棄却とされましたが、スポーツ団体の規則もEU法の対象となりうるとした判決として有名です。

連邦カルテル庁は詳しく検討しているのですが、その中で、アンブッシュ・マーケティングの定義について正しく理解すべきと指摘して、商標法、著作権法や不正競争防止法など法に違反をしている広告をアンブッシュ・マーケティングというのであって、法違反をせず、かつスポンサーのステータスを偽らない広告については、イベント主催者は我慢せよ、といっています。

弁護士大橋卓生