外国人選手と契約交渉


ザック・ラッツ選手をご存じでしょうか。

2014年のシーズン途中にプロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルス(”楽天球団”)に移籍し、右手親指骨折で9月に母国米国に帰国した選手です。結局15試合の出場にとどまったようです。

2014年シーズン終了後、ラッツ選手と楽天球団は、2015年シーズンの契約交渉をしたようです。年俸70万USD+出来高を内容とするでしたが、最終的に契約締結に至りませんでした。

2015年1月5日、ラッツ選手は自由契約選手となったようです。このため、ラッツ選手は、2015年シーズンは、韓国のプロ野球球団と年俸50万USDで契約を締結したようです。

ラッツ選手は、楽天球団との2015年シーズンの契約交渉の過程を問題視し、2017年8月に、新契約の締結に係る期待を惹起させておきながら本件交渉を破棄したこと、自由契約にするのが遅かったため他球団との交渉機会が損なわれたことなど理由に、ラッツ選手に居住地のペンシルベニア州連邦地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起しました。

ラッツ選手が相手取ったのは、楽天球団のほか親会社の株式会社楽天です。勝訴した場合の判決の執行を考え、米国にも資産を保有する親会社を加えたものと思います。

そこで、この訴訟では、そもそも、ペンシルベニア州の連邦地方裁判所が裁くことができるか(裁判管轄)が問題となりました。

この争点について、ペンシルベニア州の連邦地方裁判所は、2019年4月に決定を出しています。

この決定について、アメリカのスポーツ法情報サイト”Sports Litigation Alert”に記事を書きました。まだ公表されていませんので、そのままの内容で書くことは避けますが、結論からいうと、楽天球団に対しては裁判管轄あり、親会社楽天に対しては裁判管轄なし、というものでした。

ただ、日本のプロ野球チームと米国人選手との間の契約交渉に関する紛争について、米国内の裁判所が裁くことができる、という判断に関して、アメリカでは話題になりました。日本ではあまり取り上げてられていないようです。

人的な裁判管轄の問題ですが、Long-arm statuteという管轄を拡げる法が存在し、その適用にあたって”most minimum contact”が要求されます。

ラッツ選手と楽天球団との契約交渉は、メールを中心に行われ、ラッツ選手はこれをペンシルベニアの自宅で自宅で送受信していたとか、楽天球団は2014年シーズンの残りの年俸をラッツ選手のペンシルベニアの銀行口座宛てに送金してた等の事実を認定し、そうしたやりとりから紛争が生じたことなどを認定し、公平の観点からも、管轄ありとしています。

これに対して、親会社楽天に関しては、楽天球団の100%親会社であるけれども、今回の契約交渉について楽天球団を手足と使ったものと認められないなどとして管轄を否定しました。その他、親会社楽天に対してはgenral jurisdiction等も主張されましたが、ペンシルベニア州を本拠に活動しているものではないなどとして管轄を否定しました。

今後、ラッツ選手と楽天球団との間で、紛争の実体について審理が進んでいきます。争点の中で興味深いのは、Statute of limitatiomです。出訴期限が3年とされていることから、その起算点がいつになるかです。

ところで、この紛争は日本でも裁判になっています。楽天球団は、ラッツ選手がペンシルベニア州連邦地方裁判所に訴えを提起したのに対抗して、仙台地方裁判所に、債務不存在の確認訴訟を提起しています。

仙台地方裁判所は、ラッツ選手が答弁書等を提出しなかったことから、欠席判決を下し、楽天球団勝訴となっています。

同じ紛争が日本とアメリカの裁判所で判断される状況が発生しており、国際訴訟競合が生じうる状態です。

仮にアメリカでラッツ選手が楽天球団に勝訴した場合、日本の裁判所が承認をすれば、判決の執行が可能となります。既に日本でラッツ選手敗訴の判決が出ていることから、アメリカでのラッツ選手勝訴判決は承認されない可能性もあります。

過去の外国判決の承認に関する裁判例をみると、外国の判決を優先するもの、日本の判決を優先するものがあります。今後、どうなるか興味深いところです。

なお、ラッツ選手は、米国訴訟で、懲罰的損害賠償を請求しています。この点は、日本の最高裁判所が公序良俗に反するとして承認していませんの、この部分は日本の裁判所では承認されないと思います。

ともかく、ペンシルベニア州連邦地方裁判所の決定は、日本国内のチームが、アメリカ人選手と契約交渉をする中でトラブルが生じた場合、アメリカの裁判所が裁くことができる、という先例となります。

日本のチーム関係者は、アメリカ在住の選手とメール等で契約交渉する場合は、アメリカで裁判をするリスクも考慮する必要があります。

ラッツ選手が提訴に至った理由は分かりませんが、米国での訴訟では、2015年シーズンの契約内容がまとまり、契約書がファイナライズされ、署名して楽天球団に送った後に、楽天球団から契約締結をしないと通告され、自由契約にされたという事情があるようです。

日本での訴訟では、楽天球団は、怪我から回復したことを示す医師のメディカルレポートの提出を求めたが、提出されなかったため、契約を断念した、と主張しています。米国訴訟では、ラッツ選手は、怪我の完治及び野球ができることについて理学療法士のレターを楽天球団に提出したと主張し、認定されています。

こうしたことを前提とすると、楽天球団は理学療法士(Physical Therapist)では不十分と考えてDoctorのレポートを求め、ラッツ選手はPhysical Therapistのレターがこれを代替すると考えていたように思います。

仮にこの点に齟齬あるのだとすれば、もう少し話をすればなんとかなったのではないかと思います。国際間のトラブルは言葉足らずや認識の違いから生じることは多いと思います。特にメールだけのやりとりは、誤解を生むリスクは大きいですね。これは日本人同士でも同じことがいえます。

弁護士大橋卓生