プレミアリーグ・未成年ドーピング事件


プレミアリーグに選手登録していた16歳(違反時15歳)の選手が、ドーピング違反で9か月の資格停止処分を科されました

2018年に16歳の女子テニス選手がドーピング違反になった際には実名で報道されましたが、今回のプレミアリーグの事案は、完全に匿名で、クラブ名まで匿名になっています。決定書が読みづらかったです。

《概要》

今回違反に問われた選手をX選手とします。

X選手が親元を離れて、クラブと契約したホストファミリー宅から学校やクラブの練習等に参加することとなっていたようです。

X選手は、ホストファミリー宅で一人部屋だったようです。そこに、自分専用の冷蔵庫を持ち込んでいました。

2019年10月1日、経緯は明確でありませんが、ホストファミリーの女性がこの冷蔵庫からソマトロピン(S2.成長ホルモン;非特定物質)が入ったペンタイプのディスペンサーが見つけて、違反が発覚したようです。

当時X選手は15歳でした。中学3年生ですね。

英国サッカー協会(The FA)は、X選手が携帯電話の提出に応じなかったとして協力義務違反、及び①禁止物質の使用と②禁止物質の所持の2つのドーピング違反を問うこととしました。

《争点》

The FAのドーピング違反の一審は、UKADで行います。

The FAのメインは①禁止物質の使用と②禁止物質の所持です。

X選手側は、調査段階でいろいろとありましたが、所持自体は認め、使用を否認しうえで、所持の違反について減軽事由を主張するという感じです。

《判断》

冒頭から、パネル(Commission)は、X選手の年齢とドーピング違反による懲戒経験が欠如していることを重視し、かつX選手がアンチ・ドーピング教育を受けてこなかったことに大きな懸念を示したうえで、各論に入っています。

①禁止物質の使用

パネルは、禁止物質の使用を認定しませんでした。

ドーピング違反を主張するThe FAには重い証明責任(「証拠の優越」以上「合理的な疑いがない程度の証明」以下)が科されています。

The FAの主張の根拠は、(i)2か月半所持していたこと、(ii)針のキャップが落ちていたこと、(iii)X選手及び両親の供述が変遷したこと、です。

The FAの主張の要約を読みますと、選手や両親の供述が変遷したことやディスペンサーのキャップがあちこちに落ちていたことなど怪しげな事情が盛りだくさんです。

例えば、最初はいとこの薬がかばんの中に混じっていたという主張だったのが、父親のものだとなったり、針についても最初は知らないといっていたのが、携帯電話のSIMを取り出すために使用するものだとか。。。

しかしながら、パネルは、使用を目撃したとか、X選手が使用していることを聞いたという証言がなく、使用を推定する医学的証拠もない、として怪しいだけで使用したとするThe FAの主張を退けました。

②禁止物質の所持

アンチ・ドーピング規程の「所持」の定義上、物がどんなものか知らなくても、禁止物質が入っている物を保有していれば、「所持」にあたり、事前にTUE(治療使用特例)が承認されていなければ、ドーピング違反になります。

パネルは、The FAが決定的な証拠を提出していないことから、X選手の供述の変遷は、両親がそうさせたという認定をし、また慣れない懲戒手続でナーバスになっていたというようなことで、X選手の供述に寄った事実認定をしている感じです。

なぜ、ペンタイプのディスペンサーを持っているかについて、X

選手や両親が誰かをかばっているかの感がありそうですが、そこはそうした証拠がなく、針は携帯電話のSIMの取り出しに使ったといX選手の供述を単純に却下できない、としています。

そして、ペンタイプのディスペンサーをホストファミリー宅に持ち込んだ原因については、供述が変遷しているX選手や両親の説明は採用できないとして、パネルは、もっとも可能性がありそうなのは、誰かがX選手のかばんにいれたのだ、としました。持ち込んだからには誰かがX選手のかばんに入れたからで、それが誰かがわからないので、この決定ではこの程度の認定で十分、とのことです。

携帯電話を提出しなかった点は、X選手側は、The FAの通知書を見ていないとか、携帯電話の中身をスクショで提出した後に、盗難に遭ったなどと主張していますが、代理人弁護士に届いていたので、この点は簡単に違反認定されています。

《処分》

X選手の聴聞は、2020年11月4日に予定されていましたが、X選手がコロナに感染し、12月9日に延期されました。

2021年版アンチ・ドーピング規程の適用まで1か月を切っており、X選手の代理人は、処分については、2021年版の規程の改正された要保護者に関する規定の適用を主張し、The FAも同意しています。

2021年版規程27.2に移行規定があり、次のように定められています。

Any anti-doping rule violation case which is pending as of the Effective Date and any anti-doping rule violation case brought after the Effective Date based on an anti-doping rule violation which occurred prior to the Effective Date shall be governed by the substantive anti-doping rules in effect at the time the alleged anti-doping rule violation occurred, and not by the substantive anti-doping rules set out in this 2021 Code, unless the panel hearing the case determines the principle of “lex mitior” appropriately applies under the circumstances of the case. For these purposes, the retrospective periods in which prior violations can be considered for purposes of multiple violations under Article 10.9.4 and the statute of limitations set forth in Article 17 are procedural rules, not substantive rules, and should be applied retroactively along with all of the other procedural rules in the 2021 Code (provided, however, that Article 17 shall only be applied retroactively if the statute of limitations period has not already expired by the Effective Date).

今回は、禁止物質がS2の成長ホルモンで、非特定物質とされいますので、原則4年の資格停止が出発点になり、X選手が意図的でないことを証明した場合に原則2年となります。

パネルは、X選手の供述を基に、ペンの内容物に知らなかったと認定して、意図的ではないことを証明できたとしました。

そのうえで、X選手は、過誤・過失なし(資格停止期間なしになる)と重大な過誤・過失なしの要保護者改訂規定(パネルが裁量でけん責から2年以内の資格停止の間で決定できる)の適用を求めました。

過誤・過失なしについては、ペンを見つけた際に、ネットで調べたりできただろうということで、最大限の注意を払っていなかったとして、適用なしとしました。

重大な過誤・過失なしについては、当時15歳であり、アンチ・ドーピング教育がなされていなかったこと、ペンを所持していたが使用していなかったこと、見つけた後に処分したことなどの事情を総合して、重大な過誤・過失なかったとし、要保護者改訂規定を適用して、9か月の資格停止としました。

 

アンチ・ドーピングのルールは、中身をきちんと勉強しないと弁護士でも難しいものです。それゆえ、このルールを適用し、処分を科すためには、アンチ・ドーピングに関する教育は必須です。もし、こうした教育をしない場合、真面目に取り組んでいるアスリートも不用意にドーピング違反に陥ってしまいます。

過去に担当した事案(成人の事案)で、このあたりの主張をした事案があります。

2021年版規程では、要保護者の規定が改定され、レクレーション競技者の概念が設けられ、アンチ・ドーピング教育が十分でないような類型の競技者について柔軟な処分を可能としましたが、それでも9か月の資格停止が科されることとなります。

これを軽いと捉えるか、重いと捉えるかは議論があると思いますが、処分の軽重だけでなく、教育の浸透というところにも目を向ける必要があると思います。

昨年はUSADAで83歳の重量挙げ選手がドーピング違反に問われた例もあり、幅色い年代、幅広い層でドーピング検査が実施されるようになっているようですが、処分ばかりが先行しすぎて、真面目なアスリートが不用意にドーピング違反に陥らないようにしなければなりませんね。

弁護士大橋卓生