マンチェスター・シティFFP違反事案:CAS2020/A/6785


2020年2月にUEFAが、FFP違反を理由にマンチェスター・シティ(マンC)に対し、チャンピオンズリーグ等UEFAのクラブ選手権への出場を2年間停止する等の処分が出され、大きなニュースになりました。

それから約5か月、CASは、マンチェスター・シティのUEFAのクラブ選手権への出場を2年間停止する処分を取消す等という裁定が出されました。

この大きな結論の違いが、なぜ生じたのかが気になって、CAS裁定を見てみました。裁定を読むとFFPを理解していないと、理解できないところがあるので、FFPを読みました。FFPを読むと・・・という感じで、関連規則が理解できたので、まとめてみることにしました。

そういえば2019年にはACミランがFFP違反でUEFAから2シーズンの出場停止処分等を課されましたが、CASで和解して1シーズンの出場停止にとどまっています(CAS2019/A/6083,6261)。

■ FFPとは

ファイナンシャルフェアプレーの略したものです。長いので一地入力するのが面倒なので。

クラブの財政の健全化を目的として2012年から導入されたようです。内容としては、クラブ経営に関する基準(競技、人材、施設、法務、財務など)を設け、基準をクリアしたクラブにUEFAのクラブ選手権の参加資格を認めるというものです。

FFPの導入は日本でも行われており、Jリーグでもクラブライセンス制度が設けられています。このあたり、西浦善彦先生が記事を書かれています。

UEFAのFFPルールは、(1)クラブライセンス手続と(2)ライセンスを受けたクラブをモニタリングする手続、で構成されています。

マンC事案は、モニタリング手続関係の問題です。

このモニタリング手続で重要なのは、Break-even requirementの遵守です。適当な日本語が思いつかないので、「収支トントン要件」といいます。

サッカー活動で得た収入の範囲でクラブ運営をしましょうという趣旨のもので、特に、いい選手を獲得するために無理を借金とかをさせないよう枷をはめる感じです。

マイナスになると直ちにアウトというわけではありません。赤字を出しても、1会計年度500万ユーロ(6億3000万円弱)までは許容されています。なので「収支トントン要件」という語は適当でない感じがしますが、この要件を遵守できないと、UEFAチャンピオンズリーグ等に出場できないなどのペナルティが課されます。苦労して選手を獲得してもこうしたペナルティが課されれば、選手は出場可能なクラブに移籍してしまうので、罰金以上に痛手になるのは容易に想像できます。

こうしたUEFAのFFPを仕切る機関としてUEFA内に、Club Financial Control Body(CFCB)が設けられています。

CFCBの組織は、調査室(Investigatory Chamber)と審査室(Adjudicatory Chamber)があります。

調査室は、警察と検察と少しだけ裁判官的な役割を持っています。証拠集をし、審査室に事件を送致するのが基本ですが、チーフ調査官の権限で不起訴にしたり、和解をしたり、注意・けん責・20万ユーロ以下の罰金を科すことができます。

審査室は、CFCBの議長が仕切り、調査室から送致された事件を処理し、チーフ調査官の決定を再審査します。

審査室の最終決定がCFCBの決定になり、この決定に直接影響を受ける当事者はCASへ提訴できることになっています。

CFCBの運営に関しては、FFP規則とは別に、CFCBの運営規則”Procedural rules governing the UEFA Club Financial Control Body”が定められています。

この運営規則の37条に、マンC事案のCAS裁定のポイントとなった出訴期間が規定されています。

Prosecution is barred after five years for all breaches of the UEFA Club Licensing and Financial Fair Play Regulations.

■ マンCのFFP違反事案の概要

一言でいえば、収支トントン要件を満たしているとUEFAに示すために、マンCのオーナーが出したお金で、本来、出資としなければならないところ、オーナーからマンCの2大スポンサー経由でお金を入れ、スポンサー料として偽装したことが問題となりました。

この問題が発覚したのは、ポルトガルのハッカーがマンCのシステムをハッキングして得た6通のeメールと1つの添付書類(リークされたメール)です。この情報は、世界各国の報道機関が取りあげてニュースになり、UEFAがFFP違反の嫌疑をかけた、という流れです。

UEFA内では、調査室が調査を行い、審査室に送致して、審査室が最終決定を出しています。

審査室の認定は、オーナーからの少なくとも2億400万ポンド(約2878億円)の出資をスポンサー収入として偽装し、財務諸表を偽って、収支トントン要件の計算で収入に計上していたことがFFP規則違反にあたるとしました(このほかにも協力義務違反)。

その根拠は、リークされたメール(部分部分が黒塗りになっているもの)でした。

結果、UEFAは、マンCに、2020/21と2021/22シーズンのUEFAクラブ選手権の出場停止と3000万ユーロ(約37億7500万円)の罰金が科しました。

背景事情を説明していると膨大になるので、かなりはしょります。

<登場人物・団体>

Manchester City Limited(MCL) マンCの親会社
Sheikh Mansour bin Zayed bin Sultan bin Zayed Al Nayhen
「殿下」と呼ばれている、UAE人
MCLのオーナー(2008/09〜)
Abu Dhabi United Investment & Development(ADUG
「殿下」がオーナーのUAEの投資グループ
City Football Holdings Limited(CFC)
ADUGが設立した会社でMCLの100%親会社。後に中国の投資グループが出資し、ADUG:中国=86.21% : 13.79%
Emirates Telecommunications Corporation P.J.S.C.(Etisalat)
マンCのスポンサー
アブダビに本社を置く、国際的な通信会社(公開会社)
Etihad Airways P.J.S.C.(Etihad)
 
マンCのスポンサー
UAEの航空会社
Simon Pearce マンCの非常勤役員。リークされたメールの当事者。
Mr. X
「殿下」からスポンサーに流れた資金を仲介したとされる人物

とりあえず、マンCオーナーの殿下と、スポンサーのEtislat、Etihadを押さえておけば問題ありません。この両者は、2009/10シーズンからマンCのスポンサーになっています。

  • Etislatスポンサー契約

マンCとEtislatとの最初のスポンサー契約は、2010年1月28日付で、同年2月24日マンCが署名しており、2012年12月31日まで有効とされました(Etislat1。スポンサー料は非公開)。

2012年4月頃にスポンサー料の増額が協議されたようで、6月1日にはEislatからマンCにスポンサー料の増額を受諾する旨の回答と予備的合意書が送付されています。

予備的合意書にはロングフォームが締結されるまでこの合意書が法的拘束力を有すること、2012年シーズン終了後5年間にかかるスポンサー料(非公開)が明示されていました。その後、UEFAとマンCの言い分は異なりますが、Etislatスポンサー契約に基づき、マンCは、2011/12のシーズンから2015/16シーズンまでEtislatから毎年スポンサー料(非公開)を得る権利有していた、とまとめられています。

このうち、UEFAは、2012年と2013年の会計年度にかかる財務諸表に違反があるとしました(Etislat違反)

  • Etihadスポンサー契約

こちらのスポンサー契約は、最初に2009年5月20日締結され、その後、毎年契約を締結してたようです。Etihadスポンサー契約に基づき、マンCは、2012/13〜2015/16のシーズンに、2億2057万5000ポンド(約31億円)および175万USD(約1億8500万円)のスポンサー料(ボーナス含む)を得る権利を有していました。

このうち、UEFAは、2013年、2014年および2016年の会計年度にかかる財務諸表に違反があるとしました(Etihad違反)。

■ 主な争点

  1. リークされたメールの証拠採否

マンCは、違法集証拠が自らの不利に用いられべきでないとして、一貫して、違法なハッキングによって収集されたリークされたメールが真正なものであるか否かを明確してきませんでした。

リークされたメールが真正か否かは、マンCが最後の最後に提出に応じたリークされたメールに関しては黒塗りされていないもの(一部は黒塗りのままのもある)を提出したことから、パネルは真正と認めました。

証拠として採用できるかについて、パネルは、過去の判例等を引用し、特にUEFAが違法な収集に関与していないことを重視し、マンCの不利益も考慮したうえで、真実の証拠として採用できるとしました。

  1. 出訴制限

前述のとおり、CFBCの運営規則37条は出訴期間について次のとり定めています。

Prosecution is barred after five years for all breaches of the UEFA Club Licensing and Financial Fair Play Regulations.

この出訴制限はいつから始まるかが問題となりました。

UEFAは、CFCBの調査室の調査を開始した時(本件では2019年3月7日)が”Prosecution”であるとして、その5年前である2014年3月7日より前の違反が出訴制限を受ける、としました。

これに対して、マンCは、違反に対する制裁が出された日(本件では2020年2月14日)から5年前の2015年2月14日以前の違反が出訴制限を受ける、としました。

パネルは、多数決で、CFBCの調査室が審査室に送致する決定をした時としました。ここの部分は、法律的な議論というよりも、国語的な意味でマンCのは”Prosecution”でなく、規定に書くなら”Sanction”って書くよね、と。UEFAの主張も調査を始めただけだと”proseute”するとはいわないよね、と。

決め手は、オンライン辞書のOxford Dictionaryです。日本の国語辞典的ものですね。次のように書いてあるようです。

“the process of trying to prove in court that somebody is guilty of a crime” and “the process of being officially charged with a crime in court”

この判断についてスイス法や判例によらずに辞書で判断したと評している方もいらっしゃいましたが、UEFA独自規則なので先例がなければ、言葉の意味から解釈するのは自然なように思います(何かなったかのかなと思いはしましたが)。

この解釈に基づいて、パネルは、調査室の送致決定が2019年5月15日になされたので、2014年5月15日より前の違反は出訴制限にかかることになりました。

これにより、Etislat違反については、すべて出訴制限にかかることになりました。

Etihad違反については、2013年度分が出訴制限にかかることになり、2014年度と2016年度分だけが残りました。

  1. マンCは出資をスポンサー料に偽装したか

ここが本丸ですが、上記のとおり、多くの違反は出訴制限にかかっていますので、Etihadの2014年度と2016年度分について、出資をスポンサー料に偽装したかが問題となりました。

リークされたメールの内容が掲示されています。
なお、マンC非常勤役員はSimon Pearce氏でCASでは証人として出廷しています。また、AUDGは、前述しましたが、マンCオーナー「殿下」の会社です。

  • 2010年4月10日付eメール1(差出人はマンC非常勤役員)
    相手の会社が不明ですが、2009/10〜3シーズンのスポンサー契約の提案が記載されています。
    その提案で、お宅は年間300万ポンド支払えば、残りの1200万ポンドはHis Highness(殿下)が提供する他の財源で賄う・・・など。
  • 2012年9月6日付eメール2(マンC非常勤役員宛)
    スポンサー収入と出資のアカウントを分けるとか、我々が必要としていることはお金がEsislat,ADTA,AabrやEtihadに帰するようにすること・・・などや資金の内訳や支払時期などが添付されています。
  • 2012年12月7日付eメール3(マンC非常勤役員宛)
    関係するパートナーを通じて株主から支払われる金額を示すとか、Etihad経由で2700万ユーロ・Etislat経由で1500万ユーロ、年度末に監査人が、分けた資金に気づかれないよう、修正したチャンネルを通るようにする・・・など。
  • 2013年8月27日付eメール4(マンC非常勤役員宛)と8月29日付eメール(マンC非常勤役員から27日付メールの返信)
    “Citystore”でのマーチャンダイジングに関する内容のようです。27日付eメールに、追加スポンサー料のフローのメカニズムを確認したいとあり、株主→ADUG→Etihad→マンC・・・など。
  • 2013年12月11日付eメール5(マンC非常勤役員宛)
    キャッシュフローについて書かれていて、支払源として12/13シーズンおよびそれ以前の31.5MポンドはADUG等、2013/14シーズンの57MポンドはADUG、2013/14シーズンの8MポンドはEtihadからスポンサー料として直接・・・など。
  • 日付不明のeメール6(マンC非常勤役員宛)
    EtihadがマンCに支払うスポンサー料のインボイスが添付され、メール本文に、2015/16シーズンのスポンサー料67.5Mポンドとあり、8MポンドをEtihadが直接支払、59.5MポンドをADUGが支払う・・・など。

確かに、断片的に情報を見ていくと、スポンサー料の支払であれば、殿下の投資会社AUDGなどが出てくるいわれないのに、複雑な資金の流れを作ったりしている感じはします。

UEFA審査室は、これらの証拠を根拠に、出資をスポンサー料に偽装した、と結論付けて、処分をくだしました。

CASのパネルは、多数決での決定になりますが、UEFA審査室とは異なる判断をします。

偽装の調整がなされたというのであれば、殿下やADUG、Etihadの協力・関与が必要となるが、リークされたメールは、それらの人物や会社に送られていない、ことを指摘しています。

特に、リークされたメールに関与したSimon Pearce氏の証言や支払帳簿などの会計に関する証拠(いずれもマンCはCASで初めて証人・証拠提出)がその判断に影響を与えている感じです

例えば、eメール1で”His Higenss”(殿下)は、マンCオーナーの殿下ではなく、他の会社の社長を殿下と表現したという説明を受け入れたりしています。
また、eメール6ではEtihadとADUGからスポンサー料が払われたかのような記載がありますが、支払帳簿では全額が分割してEtihadから支払われていたことを認定しています。

最終的に、パネルは、多数決で、UマンCがEtihadからのスポンサー料として殿下やADUGの出資を偽装したは立証できていないと判断しました。

■ 結論

マンCは無罪放免かと思いきや、協力義務違反が認定され、罰金1000万ユーロ(当初の罰金は3000万ユーロ)を科しました。

FFP規則には、ライセンスを受けたクラブは、UEFA等に協力する義務が明記されています。

UEFAで不利な判断が下ってCASで初めて提出した証人やリークされたメールのオリジナルや会計帳簿について、CASの手続まで関連する証拠を温存することを許すとCFCBの手続が茶番になり、非効率的になってしまう、として、ここに協力義務違反を認めています。
この部分、他の仲裁ケースでも使えそうな気がします。

 

リークされたメールによるメディア報道自体を見ていませんが、このCAS判断が出た後の報道は、FFP規則は死んだ、などと批判的なものが多かったように思います。

自分の最初読んだ時は、UEFAに非協力的なマンCを勝たせたことに疑問を持ちましたが、おかしな判断はしていないように思います。

ただ、UEFAの方は、マンCの協力が得られず、リークされたメール以外に証拠がない中で判断を下さなければならない、というところは、競技団体に関わっている者としては同情するところはあります。

CASパネルは、真実発見の要請が勝るとしてリークされたメールを証拠採用しましたが、UEFAが求めていたこれらのメールに連なるすべてのメールの提出についてマンCは最後まで拒否しました。

この拒否に対して、CASパネルは、協力義務違反にあたらないとしました。理由はUEFAが提出要請を維持しなかったから、ということのようです。

真実発見といいつつ断片的な情報を証拠採用して、それを保管して全体像を把握するための情報の提出の拒否を許してもいいものかな、と思いました。ただ、関連するメールを出せ、というのは特定性に欠けるので、このあたり工夫が必要かなと思います。

あと、マンUやアーセナルなど9クラブがマンCのチャンピオンズリーグ出場停止維持のためにこの件に参加申請していたことに驚きました。

弁護士大橋卓生